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映画ジャンル別ガイド 2025/5/14
Written by 鳥羽才一

脚本術で読む映画『パディントン』ストーリー・あらすじをラストまでネタバレ解説

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『パディントン』のストーリーを、脚本術「Save the Cat!」の15ビート構成で読み解く! 物語はどう動き、なぜ心を掴むのか──構造を知れば、あらすじは一本の“読みもの”に。脚本というレンズで映画の設計図を覗いてみましょう。

Contents

映画『パディントン』シリーズとは?

2014年に公開された映画『パディントン』は、作家マイケル・ボンドによる児童文学『くまのパディントン』を原作とした実写作品。ペルーのジャングルからロンドンへやって来た礼儀正しいクマの“パディントン”が、都会の生活に奮闘しながらも、家族や仲間との絆を深めていく姿を描いたハートフルな物語です。

監督はポール・キング、製作は『ハリー・ポッター』シリーズで知られるデヴィッド・ハイマン。ロンドンの街を舞台にした英国コメディーのエッセンスと、誰もが楽しめるファミリー向けの冒険譚が融合し、公開当時は批評家・観客双方から高く評価されました。

続編となる『パディントン2』(2017年)は、前作を上回る完成度と感動的な結末で多くの賞を受賞。俳優ニコラス・ケイジが主演する映画『マッシブ・タレント』(2022年)では「史上最高の映画」として作中に登場し、SNSを中心に再注目を集めるなど、映画ファンの間で大きな話題となりました。

さらに現在はシリーズ第3作となる『消えた黄金郷の秘密/Paddington in Peru』が2025年に公開。英国内では映画以外にも、パディントンを起用した教育プログラムやチャリティー、ブランドとのコラボレーションも盛んで、キャラクターとしての人気は年々拡大しています。

1作目の『パディントン』は異文化との出会い、受け入れ、そして家族のあり方を描いた、普遍的なテーマに支えられた名作。ユーモアと温かさに包まれながら、ただの子供向け映画の枠を超えた完成度を誇る作品です。

スナイダー式ジャンル分けだと『組織の中で』

映画『パディントン』は、ブレイク・スナイダーのジャンル分類で見ると「組織の中で(Institutionalized)」に位置づけられる物語。このジャンルでは主人公が何らかの「集団」に属するかどうかで葛藤し、最終的にその集団とどのように関わるかを自らの意志で選び取る構造をとります。『パディントン』の場合、その集団とはブラウン家=家族です。

  • 主人公:パディントン(居場所を求めるクマ)
  • 組織:ブラウン家(最初は受け入れに消極的な存在)
  • 第三の選択:他人だった家族と、選び取った関係を築く

パディントンは礼儀正しく優しい存在ですが、序盤では「迷惑な居候」として見られてしまいます。物語を通じて彼は家族の一員として受け入れられるかを試され、最終的には選ばれた家族として共に暮らす道を得ます。

Institutionalizedはしばしば重くなりがちなジャンルですが『パディントン』はその構造をハートフルなコメディーに包み込むことで、誰にでも届くテーマとして機能しています。家族とは血縁ではなく「一緒にいることを選んだ者たち」であるというメッセージがジャンルの枠を超えて観客に染み渡る作品です。

Save the Cat!で読む『パディントン』のストーリー構成

オープニング・イメージ(Opening Image)

物語は南米ペルーの奥地から始まります。語り部による記録映像風の語り口で、探検家に出会い、英語を話し紅茶をたしなむようになったパストゥーゾおじさんとルーシーおばさんの暮らしが紹介されます。

そこに加わるのが、まだ名前もついていない子グマ、のちのパディントンです。三匹はイギリス風の暮らしを真似ながら、穏やかでどこかユーモラスな日常を過ごしていました。

このシーンは、ただの前日譚ではありません。本作全体を貫くテーマ「異文化の受け入れ」「家族の絆」「居場所を求める旅」が、この静かなオープニングの中に自然と織り込まれています。

人間の文化に触れて育ったクマたちの存在を観客が無理なく受け入れられるよう丁寧に土台を整えているのも見所。

映像の中でロンドンの街に憧れを抱く描写は、パディントンの中にある「外の世界への期待」を表しています。同時に自然災害によって安住の地が失われる展開は、このあと訪れる彼の冒険の導火線であり「家族を失い、新たな家を探す物語」の始まりを告げる出来事でもあります。

冒頭に描かれるのは、まだ争いも敵もいない温かな時間です。だからこそ、その日常が崩れたとき、観客はパディントンの孤独や不安に共感し、深く物語へ引き込まれていきます。この導入こそが、物語のテーマと感情を下支えする、非常に完成度の高い始まりと言えるでしょう。

テーマの提示(Theme Stated)

ロンドンへと旅立つきっかけとなった地震の直後、パディントンはルーシーおばさんと離れ離れになります。老いたルーシーは移住先としてクマの老人ホームを選び、若いパディントンに対しては「ロンドンへ行けば、きっと誰かが親切にしてくれる」と伝えます。このセリフこそが、本作全体を貫くテーマの核心です。

この作品の根底にあるのは「他者を受け入れること」「親切であること」そして「本当の家族とは何か」といった、普遍的で温かな価値観です。ルーシーの言葉は、ただの励ましではなく、異国の地へ一人で旅立つ彼の背中を押す「信念」のようなものとして機能しています。

観客にとっても、この時点でパディントンは「守ってあげたい存在」として定着しており、その純粋さと不安定さがいっそうテーマの輪郭を浮かび上がらせます。そしてこの「親切にしてくれる誰か」は果たして本当に現れるのか──という問いが物語を牽引する大きなエンジンに。

このセリフがそのままリフレインのように何度も引用されることで、単なる旅の動機が、やがて「パディントンを家族として受け入れるかどうか」という問いに変わっていきます。つまりここでは、テーマが明確に提示されているだけでなく、終盤に向けて感情の焦点となる種が静かに植えつけられているのです。

セットアップ(Set-Up)

パディントンは小さなスーツケースを片手に貨物船でロンドンへとやって来ます。しかし期待とは裏腹に、駅に降り立った彼に声をかけてくれる人は誰もいません。人混みの中にたたずみ「誰かの親切」を待つも、その希望はすぐには報われません。ロンドンの現実は、彼が想像していた紳士淑女の世界とはまるで違っていたのです。

そんな中、偶然にもブラウン一家と出会います。心優しい母メアリーが手を差し伸べる一方で、父ヘンリーはかなり保守的。あくまで「一時的に」という条件で、パディントンを自宅へと連れて帰ることになります。この「居候」という微妙な立場は、後の展開に向けた緊張感と期待感を同時に生み出しています。

ここでは主要キャラクターたちの性格が次々に描かれ、物語の土台が整っていきます。ブラウン家の子供たちはそれぞれパディントンに対して異なる反応を示し、家庭内にも「受け入れるか否か」の小さな対立が生まれ始めます。また、駅で手助けをしなかったロンドン市民の冷たさも親切を求めるテーマと対照的に作用しています。

同時に家の中でのトラブルや、家具を壊してしまうといったコメディー要素もふんだんに織り交ぜられ、作品全体のトーンがここで定着します。新しい世界に入り込んだ主人公、受け入れに戸惑う家族、そして居場所を探す旅──このセットアップによって、観客は物語の構造と感情の方向性を自然に理解することができるのです。

子供向け=子供騙しではないということ。大人に刺さらなければ子供にも刺さらない

きっかけ(Catalyst)

ブラウン家に一時的に滞在することになったパディントンは、元の目的である「探検家を見つけて、家族になってもらう」という計画を進めようとします。

彼が最初に取った行動は、ロンドンの電話帳を片手に「モンゴメリー・クライド」という名を探し出すことでした。かつてペルーを訪れた探検家が、どこかに暮らしているかもしれない──その可能性に賭けて、彼は行動を始めます。

さらに家族が協力的でないと感じたパディントンは、ロンドンで唯一の「探偵に相談すればいい」と考え、ひとりで出かけてしまいます。この行動は彼にとっての初めての本格的な能動性であり、それまで受け身だった物語がここから大きく動き始めます。

このパートでは物語の目的がはっきりと観客に提示され、同時に「果たしてロンドンには本当に信頼できる人がいるのか?」というテーマも改めて問い直されます。

また、ブラウン一家の内部にも揺らぎが生まれ始め、家族の誰がパディントンをどう見るのかという対立の兆しも浮かび上がります。

ここから先はパディントンが自らの力で情報を集め、協力者を探していくフェーズに突入します。つまりこの場面は、旅立ちの第1歩にして、物語のエンジンが本格的に回り始める瞬間です。

悩みのとき(Debate)

ブラウン家に身を寄せながらもパディントンの毎日は失敗の連続です。洗面所の水を溢れさせたり、調味料を間違えて料理を台無しにしたりと、慣れない都会の生活で周囲に迷惑ばかりかけてしまいます。そのたびにブラウン氏の表情は曇り、家族の空気にもわずかな緊張が漂い始めます。

街へ出たら出たで、彼の風貌や行動は周囲の人々に奇異の目で見られ、なかなか受け入れてもらえません。親切にされるどころか、居場所を見つけることすら難しい──そんな現実が彼の心を少しずつ曇らせていきます。

このパートではパディントンの内面に「本当にここにいていいのだろうか」という迷いが芽生えます。物語の序盤で語られた希望「誰かが親切にしてくれる」というルーシーおばさんの言葉が少しずつ疑いの対象に変わっていくのです。

一方で母メアリーや子供たちは少しずつ彼に心を開いていき、家族の中でも微妙な温度差が見え始めます。この受け入れの揺らぎは、作品全体のテーマと呼応する要素であり、観客にも「自分だったらどうするか」という問いを投げかけます。

ここではまだ大きな事件は起きていませんが、パディントンの心のなかではすでに「出ていくか、留まるか」という選択が始まっています。物語の方向性を観客が明確に意識し始める、静かな分岐点といえるでしょう。

第一ターニング・ポイント(Break into Two)

パディントンはかつてペルーを訪れた探検家「モンゴメリー・クライド」の名を手がかりに、本格的な探索を始めます。メアリーの後押しもあり、手紙や古地図を頼りにロンドン市内を調査し、住所や関係者の痕跡をたどっていく姿は、これまでの受け身な立場から一歩踏み出した印象を与えます。

この瞬間、物語は「家の中のトラブルをめぐるドタバタ劇」から「目的を持った冒険譚」へと明確にスイッチします。探検家を探すという行動は、単に家族を見つけるための努力にとどまらず「自分の居場所を自分の足で探す」物語として力を持ちはじめるのです。

一方その裏では、ロンドン自然史博物館に勤務する「ミリセント」という新たな存在が静かに動き始めています。彼女の目的は、パディントンを捕獲し、博物館の展示物として剥製にすること。ここで物語に明確な“敵”が登場し、パディントンの冒険は単なる探し物ではなく、命を懸けた逃走劇の要素を帯びていきます。

このようにして、舞台は狭い家庭の中からロンドン全体へと広がり、物語は第二幕に突入します。観客はこの時点で、パディントンがただの迷いクマではなく「自分で居場所を切り開こうとする主人公」になったことをはっきりと感じ取ることができます。

お楽しみ(Fun and Games)

いよいよパディントンの本領発揮! ロンドンの街を舞台に本格的な行動を始め、作品全体の魅力が最大限に発揮されるようになっていきます。

目的は探検家モンゴメリー・クライドを見つけ出すこと。そのために電話帳をひとつひとつ当たったり、子供たちと協力して地図を調べたり、美術館の地下に潜入するなど、さまざまな方法で情報をかき集めていきます。

この過程では、彼特有のお行儀の良さとズレた丁寧さがトラブルを生み、シンプルな場面がすべてコメディーに自動変換されていきます。お店での誤解、電車での騒動、住民との行き違い──どれも観客を笑わせながら、同時に彼の一生懸命さと孤独をじんわりと浮かび上がらせます。

このパートではブラウン一家の子供たちが彼に協力的になり、少しずつ関係性が深まっていきます。特に父ヘンリーはまだ懐疑的ながらも、どこかで「このクマは悪い存在ではない」と感じ始めている様子が描かれます。

敵であるミリセントも裏で徐々に包囲網を狭めており、表の楽しさの裏側には危険がじわじわと迫っている構図も成立しています。ですが今はまだ冒険の最中。観客はパディントンの奮闘と、ロンドンという舞台の面白さに魅了されながら、物語の中核にどっぷりと浸かることになります。

本作が単なるファミリー映画で終わらないのは、このパートに「笑い」と「物語的機能」が高度に同居しているからこそ! 唸らされるテクニックです。

サブプロット(B Story)

『パディントン』のBストーリーは、ブラウン一家の変化そのものです。特に中心となるのは、父ヘンリーの心の動き。序盤で彼はパディントンを「一時的な迷惑」としか見ておらず、安全面や生活への影響を理由に、早く出ていってほしいという態度を隠しません。

しかし彼が目にしていくのは困っている人に手を差し伸べようとするパディントンの姿であり、その姿勢がやがて家族の在り方そのものを揺さぶりはじめます。

母メアリーや子供たちは比較的早い段階でパディントンを受け入れはじめており、この家族の内部にも分岐がありました。しかし時間をかけてヘンリーもまた自分の考えに疑問を持ち始めます。

「家庭」とは何か「家族」とは誰なのか──パディントンの存在が、その問いを家族に突きつける役割を果たしているのです。このBストーリーが本筋と有機的に絡み合うことで、物語は単なる迷子のクマの冒険」にとどまらなくなります。

観客は知らず知らずのうちに、「受け入れる側」の視点に立たされ、自分ならどうするかを問いかけられることに。そして最終的に、このBストーリーはクライマックスの行動へと結びつきます。

自分の家に迷いクマが来たら、最初は誰でも戸惑う。でも関わるうちに絆が生まれ、守りたい存在になる──そんな変化を丁寧に描いた本作は、Bストーリーにこそ「家族映画」としての真髄が詰まっているといえるでしょう。

ミッドポイント(Midpoint)

調査の末、ついにパディントンは探検家モンゴメリー・クライドの正体を突き止めます。しかし喜びも束の間、彼はそこで思いがけない真実に直面します。

かつてペルーを訪れた探検家は、研究者として名を残しながらも、動物たちを見世物として扱う博物館の価値観に反発し、学会から追放された人物だったのです。そしてその娘こそが、パディントンを執拗に狙う自然史博物館の職員、ミリセントでした。

ここで物語の構造が大きく反転します。パディントンにとっての希望であった探検家の存在は、彼を捕らえて剥製にしようとする敵と直結していたのです。この情報は観客にも主人公にも強い打撃を与え、行動の目的そのものを揺るがせます。

迫り来る悪い奴ら(Bad Guys Close In)

ミッドポイントで希望が打ち砕かれたあと、物語は一気に緊張感を増していきます。ミリセントはパディントンの居場所を正確に把握し、彼の身柄を確保するために行動を本格化させます。ハイテク機器と罠を駆使し、彼を執拗に追い詰めていく姿は、これまでのコメディー調とは一線を画す明確な脅威として描かれます。

一方のパディントンは、居場所を失った状態でロンドンをさまよいながらも、なんとか自分の力で切り抜けようとします。しかし、行く先々で失敗を重ね、疲れ果てていく姿が描かれ、観客にも“孤立”と“追い詰められる”感覚がじわじわと広がっていきます。

ブラウン家の内部でも、家族間の温度差が次第に広がっていきます。メアリーや子供たちはまだ彼を気にかけていますが、ヘンリーは責任を感じつつも「もう手を引くべきではないか」と迷い始めます。受け入れられそうで受け入れられないという状況が、物語全体に“挟み撃ち”のような圧力を生んでいきます。

このパートでは、敵が前面に出るだけでなく、味方であったはずの存在との距離も生まれていきます。パディントンにとっては、物理的な危機と心理的な孤立が同時に押し寄せる、もっとも苦しい時間帯です。笑いは影をひそめ、観客も彼の不安を共有しながら、クライマックスへの助走に入っていきます。

同時にブラウン家の中でも小さな亀裂が生まれはじめます。トラブル続きの日々に疲弊したヘンリーは、彼の存在が家庭に悪影響を及ぼしていると判断し、滞在を打ち切るべきだと主張します。再び「居場所を失うかもしれない」という不安に直面したパディントンは、ついに自ら家を出ていく決断を下します。

ここで描かれるのは明確な敗北です。主人公の外的・内的な目標が同時に崩れ、物語は折り返し地点に差しかかります。かつて夢見たロンドンは、もはや安全でも優しくもなく、彼はひとりきりでこの街をさまようことになります。

この転換こそが、物語後半の緊張と感情の土台となる重要なポイントです。

迫り来る悪い奴ら(Bad Guys Close In)

物語はミッドポイントを超え、敵が本格的に行動を開始します。自然史博物館の職員であるミリセントは、ついにパディントンの存在を完全に把握し、捕獲に向けた直接的な手段を取り始めます。その方法とは、ブラウン家の隣人であるカリー氏を言葉巧みに丸め込み、家の内部へ侵入するルートを確保するというものでした。

このパートでは、敵が「外にいる脅威」から「家の中に入り込む脅威」へと変化します。観客がこれまで安全だと思っていたブラウン家という空間が、徐々に不穏な空気に包まれていくのです。ミリセントは高圧的で冷徹な態度を崩さず、家の構造や家族の動向を逆手に取りながら、パディントンの包囲を狭めていきます。

一方、パディントン自身は家族の中でも完全に歓迎されているわけではなく、自分が「本当の家族」ではないことを痛感し始めます。彼の居場所は物理的にも心理的にも不安定なまま、観客には「もはや安全な場所はどこにもない」という緊張がじわじわと伝わってきます。

このフェーズでは、敵が明確に迫ってくるだけでなく、味方の中の不安も広がっていきます。ミリセントの存在は単なる敵役ではなく「受け入れられない者を排除する社会」の象徴として描かれており、そのプレッシャーが主人公をじわじわと追い詰めていきます。物語はここから、ついに“家族も、逃げ場も、すべてを失う”次の段階へと進んでいきます。

すべてを失って(All Is Lost)、心の暗闇(Dark Night of the Soul)

ブラウン家での居場所を失ったと感じたパディントンは、ついに自ら家を出ていきます。街中の誰もが冷たく見えるロンドンの冬。ひとりぼっちになった彼は、静かに雨の中を歩き続けます。

この場面では、観客にも強く「孤独」が伝わるように演出が施されています。大都会の喧騒と冷たい雨の中、道ゆく人々は彼に目もくれず、街はいつも通りに動いています。そのなかでぽつんと佇むパディントンの姿は、彼がこの世界において「完全に取り残された存在」であることをはっきりと示しています。

しかし同時に、このシーンにはロンドンという都市の温もりも描かれています。誰かが傘を差しかけてくれるわけではないけれど、街灯の光や建物の灯り、通りの色彩にはどこか優しさがあり、パディントン自身もまだ希望を完全に捨てたわけではないことが感じ取れます。

そして孤独を伝えるのは本熊ではなく、謎のバンド。どうして橋の下で演奏しているのかは分かりませんが、パディントの心中をこれ以上なく見事に歌い上げています。

ここで描かれるのは、大きな事件でも爆発でもありません。それでもパディントンにとっては、自分を必要としてくれる人も、戻る場所も、もうどこにもない──そんな“静かな絶望”が全身を包み込むような時間です。

それでも優しい衛兵さんが迎え入れて紅茶をくれたり、やっぱりまだまだ捨てたものじゃない。子供向けには全てを否定するほどの絶望は必要ないのです。逆に、だからこそ沁みる演出……!

別の衛兵に追い出されてベンチで寝ることになっても、どこか穏やかな希望のようなものが見えるのが、パディントンのいいところ。

第二ターニング・ポイント(Break into Three)

家族にとっての“悩みのとき”

パディントンがいなくなった翌朝、メアリーがパディントンの手紙を読み上げ、子供たちは悲しみに沈み、ヘンリーもまた複雑な表情を浮かべます。これまで彼は「一時的な同居人」として一定の距離を保ってきましたが、この喪失によって初めて“自分たちは彼を家族として扱っていなかったのではないか”という後悔が滲み出てきているのでしょう。

パディントンの“最後の探索”

一方、パディントンはひとりでロンドン中を歩き回っていました。かつて見つけた探検家の名前を頼りに、電話帳に載っていた住所を順に訪ねていくという地道な方法で、希望をつなごうとしています。冷たい雨のなかを一日中歩き回った末、彼はとうとう最後の一軒に辿り着きます。

しかしそこにいたのは探検家ではなくミリセントでした。彼女は柔らかな物腰でパディントンに近づき「あなたの家族を見つける手伝いをしたい」と優しく語りかけます。心細くなっていたパディントンはその言葉にすがるように、彼女と共に博物館へ向かってしまいます。

隣人の裏切りと家族の決断

道中、ミリセントはパディントンを連れているところを、かつて彼女の手引きをした隣人カリー氏に見られます。しかし彼女はもう彼を必要としておらず、冷たくあしらって立ち去ります。その様子に落胆したカリー氏は、ブラウン家へ匿名で電話をかけます。クマが女に連れ去られていった──と。

この密告によって、家族はようやく目を覚まします。騒然となった一家は、カリー氏の話をもとに博物館へと急行します。ここで初めて、ブラウン家は全員そろって「パディントンを取り戻すために動く」決断を下すのです。

それは単なる救出ではありません。これまで「受け入れるべきかどうか」と悩んでいた一家が「すでに受け入れていた」ことに気づく瞬間でもあります。家族として、あのクマを守る。行動がすべてを物語り、パディントンとブラウン家の関係はここで本当の意味で成立するのです。物語はこの再決意を経て、いよいよクライマックスへと突入していきます。

フィナーレ(Finale)

パディントンが収容された博物館では、ミリセントが着々と剥製の準備を進めていました。彼女の目的は、かつて探検家としての名誉を失った父の汚名を、希少種である「話すクマ」の標本を展示することで晴らすこと。その異様な執念が空間を支配するなか、隣人からの密告を受けたブラウン一家が博物館に到着します。

バード夫人が守衛の気を逸らしている間に、ヘンリーたちは電源室へと潜入し、館内を消灯。手分けしてパディントンを探し回る姿には、もはや迷子の世話という距離感ではなく、彼を心から家族として迎え入れた確信がにじみ出ています。

特に注目すべきはヘンリーの描写です。序盤では過剰な心配性と保守性から「厄介者は早く追い出すべき」と考えていた彼が、この場面では果断に行動し、堂々と父親の顔を見せるようになります。

かつてのいわゆる中年の危機を乗り越え、妻や子供からも尊敬のまなざしを向けられるようになるこの変化は、本作のもうひとつの成長譚としても非常に見応えがあります。物語=変化のパターンはここに隠されていたわけです。

一方、ヘンリーの手引きで逃げ続けるパディントンは博物館内を転げ回りながら、ついには焼却炉の中に追い詰められてしまいます。煙突を使って脱出を図りますが、ミニクリーナーのバッテリーが切れて絶体絶命!

そこへ現れたのが、煙突の上から彼を引き上げるブラウン一家。まるでアクション映画のような脱出劇は『ミッション:インポッシブル』さながら──というかまんま。お楽しみが一ヶ所しかないなんて、そんなつまらないことはありません。

屋上で無事を喜ぶ家族たち。しかし事態はまだ終わっていません。ミリセントが拳銃を手に彼らを追い詰め、最後の対決へ。パディントンは帽子に隠したマーマレードを狙っていた鳩を利用し、巧みに彼女を屋根の端へと追いやります。

そして決定打を放ったのは、再登場したバード夫人。勇敢にも傘を振りかざしてミリセントに体当たりし、彼女を屋根から突き落とします。ミリセントはあわや転落かと思われましたが、壁の旗棒にかろうじて掴まり命拾い。そうして、すべての騒動が終わりを迎えるのです。

ファイナル・イメージ(Final Image)

騒動がすべて片付き、パディントンは正式にブラウン家の一員として迎え入れられます。もう誰も彼を居候とは呼びません。家族として、同じ屋根の下で暮らす仲間として、当たり前のように朝のテーブルを囲むようになります。

一方、ミリセントは逮捕され、裁判での敗訴を経て、皮肉にも自分が最も忌み嫌っていた動物園の飼育係として働くことになります。彼女の執念が行き着いた先は、まさに自己矛盾そのもの。物語の中で唯一「受け入れられることを拒んだ人物」が、その報いとして社会に組み込まれるという結末は、ユーモアと皮肉に満ちた小気味よいオチになっています。

ブラウン家では生活が目に見えて変化していきます。家族全員でマーマレードを仕込んだり、庭で雪合戦をしたりと、以前にはなかった明るさと賑やかさが加わりました。パディントンがやって来たことで、彼らの暮らしは元に戻ったのではなく、新しく始まったのです。

そしてラスト、パディントンがルーシーおばさんに宛てて手紙を書きます。

「ロンドンは変わり者だらけ。僕も変わり者だけど、自然に溶け込めたよ。ここは居心地がいい。人と違っても大丈夫。僕はクマだから」

その言葉が、すべてを優しく締めくくります。物語の冒頭で提示された問いは、パディントンの旅と成長を通して、ゆっくりと、しかし確実に肯定されたのです。あの日駅でぽつんと座っていたクマは、もういません。そこには、自分の居場所を見つけた一頭のパディントンが、穏やかに微笑んでいるだけです。

最後にバンドが再登場し、様々な人種が交流(?)している様が歌われます。内容は平和そのもの。たぶん世の中、変わり者じゃない人なんていないのですから。

『パディントン』主な制作陣・キャスト

ポール・キング【監督・脚本】

繊細なユーモアと温かい人間ドラマを得意とするイギリスの映画監督。続編『パディントン2』も手がけ、シリーズの世界観を築いた。

代表作

  • パディントン
  • パディントン2
  • ウォンカとチョコレート工場のはじまり

デヴィッド・ハイマン【製作】

『ハリー・ポッター』シリーズや『ゼロ・グラビティ』などを手がけたヒットメーカー。幅広いジャンルで活躍。

代表作

  • ハリー・ポッター シリーズ
  • ゼロ・グラビティ
  • パディントン

ベン・ウィショー【パディントンの声】

柔らかく繊細な声でパディントンの“礼儀正しさ”を体現。『007』シリーズのQ役としても知られる演技派。

代表作

  • 007 スカイフォール(Q役)
  • クラウド アトラス
  • パディントン シリーズ

ヒュー・ボネヴィル【ヘンリー・ブラウン役】

英国ドラマ『ダウントン・アビー』のグランサム伯爵役で知られる名優。頑固ながら情の深い父親像を好演。

代表作

  • ダウントン・アビー
  • ノッティングヒルの恋人
  • パディントン シリーズ

サリー・ホーキンス【メアリー・ブラウン役】

感情豊かな演技で知られ、『シェイプ・オブ・ウォーター』ではアカデミー賞主演女優賞にノミネート。

代表作

  • シェイプ・オブ・ウォーター
  • ハッピー・ゴー・ラッキー
  • パディントン シリーズ

ニコール・キッドマン【ミリセント役】

冷酷でエレガントな敵役を好演。作品に緊張感を与える存在として印象的な役割を担った。

代表作

  • ムーラン・ルージュ
  • アザーズ
  • アイズ・ワイド・シャット
  • パディントン

ジム・ブロードベント【グルーバーさん役】

穏やかで親しみやすいキャラクターを演じ、パディントンの理解者として登場。

代表作

  • アイリス
  • ハリー・ポッター(スラグホーン役)
  • パディントン

イメルダ・スタウントン【ルーシーおばさんの声】

『ハリー・ポッター』のアンブリッジ役とは対照的な、優しさと包容力ある声の演技が光る。

代表作

  • ハリー・ポッター(アンブリッジ役)
  • ヴェラ・ドレイク
  • パディントン

マイケル・ガンボン【パストゥーゾおじさんの声】

冒頭に登場し、パディントンに旅立ちのきっかけを与える存在。印象的な重厚な声で物語を導く。

代表作

  • ハリー・ポッター(ダンブルドア役・2代目)
  • 英国万歳!
  • パディントン

親切が連れてきた、ひとつの新しい家族のかたち

『パディントン』は、ペルーの密林からロンドンの街角へと舞台を移しながら、文化や価値観の違いをユーモアで包み、人と人との距離を縮めていく物語です。異邦人であるクマが「居場所」を探す旅路は、そのまま家族とは何かを問い直す旅でもありました。

本作が優れているのは、笑いと感動のバランスだけではありません。キャラクターの成長、社会との摩擦、そして再構築される日常。そのすべてが、細やかな脚本構成のうえに自然と重なり合っています。

特に、Save the Cat!の15ビートをなぞるように進行する構造は、観客の感情を丁寧に導き、誰にとっても「心に優しい映画」として記憶に残る理由のひとつとなっています。

ただ可愛らしいだけではなく、ただ賑やかなだけでもない。礼儀正しいクマが静かに教えてくれるのは、誰もが誰かの「家」になれるという可能性です。親切にされる喜びと、親切にする強さ。『パディントン』はその両方を、温かい毛並みとマーマレードの香りに乗せて、そっと届けてくれる作品です。

どこかの駄ウサギはパディントンを見習ったらどうだろうか

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