食べてみるまで何が入っているのか分からない、モナカは宝箱のような食材だ。餡子にチョコにアイスはもちろん、おすいものの素やおかずまで、人々の好きが詰まっている──飲み物さえも例外なく。一度"飲んだら"忘れない『ビンラムネ』の全てを解き明かそう。
駄菓子が目指す方向性には、大きく分けて2つある。1つはコストを抑えつつ、お菓子そのものの美味しさを求める【味覚タイプ】。もう1つが形をユニークにしたり、ギミックをつけたりと楽しさを求める【娯楽タイプ】だ。
別ベクトルではないものの、低価格帯で勝負しなければいけない以上、両者はほとんどトレードオフの関係といってもいい。
味を良くするために凝ったパッケージは諦める、特殊な形状にしたりオマケをつけるために良い材料は諦める──低価格だからこそ駄菓子は上菓子以上に工夫が必要で、きっとそれは妥協ではない。駄菓子の『だ』は、駄目や妥協の『だ』ではないのである。
だからといって『だ』がなんなのかと訊かれても困ってしまうが、個人的には諸説の一つ・駄賃(労力への対価)の『だ』、転じて企業努力への対価(金銭だけでなく子供たちの笑顔)ということにしておきたい。
なんとも利益の少ない駄菓子らしくて、おさまりがいいとは思わないだろうか。
模造は駄菓子の華ともいうように、ビンラムネも名前そのまま、瓶入りのラムネ飲料を模した駄菓子である。
これだけ聞くと普通の駄菓子のようだが、ビンラムネは一味違う。なんと『瓶』『ラムネ』共に、その機能までを完全に再現している、駄菓子界きっての正直者なのだ。
『にんじん』もそうだが駄菓子界での欺瞞は、厳しい大人社会と違って、そのほとんどが許容される(たまに怒られるが)。鍵は使えなくていいし、パイプだって火はつかない。ただの『まねっこ』で十分なのである。
そんな中にあって、ビンラムネのモナカ製のビンは、中のラムネを閉じ込めるビンとして機能している。
ラムネは元を辿れば液体だ。しかし粉末や固形のものも同じ『ラムネ』で間違いではなく、むしろ液体のラムネは『レモネード』が訛ったものなので、固形・粉末のものこそが真のラムネという見方もできる。
もっといえば、瓶入りのラムネは飲み終わったら終わりだが、ビンラムネはその容器まで食べることができる。瓶飲料は再利用できてエコだと持てはやされているものの、さすがに食べるのは不可能だ。リユースできるといっても洗浄は必要なわけで、水や洗剤が必要になってくる。それよりは、食べてしまえるほうが確実にエコなはずである。
これはもう単なる模造ではなく、本家を超えたといっても過言ではない。時に贋作の中には本家を超えるものがあるという。ビンラムネのウサギちゃんが大塚国際美術館に展示されるのも、そう遠い話ではないだろう。
長くなってしまったが、ビンラムネの名称は『菓子』、販売者は『株式会社 岡田商店 OM』。ビンラムネ本体のほかに、中の粉を吸う用のストローが付属している。袋の空気含有量はまちまちで、たまにやけにピチッとしている時がある。
そして2021年、数年の販売休止期間を経て製造は小野塚製菓へ。値段は約倍になって高級駄菓子の仲間入りをしたものの、材料などは同じまま引き継がれた。
ご存知の方もいるかと思うが、ビンラムネにはかなりコアなファンがおり(私もその一人だが)、紙媒体を含めて出所不明の情報が多く出回っている。
謎は謎のまま残っているのも楽しいが、あまりにもその数が多いため、今回は岡田商店の代表取締役・岡田政隆さんにお話を伺ってみた。
おそらく発売は昭和30年代。元はマルエム製菓という家族経営の会社が作っていたものを廃業に伴い、20年ほど前に岡田商店が引き継ぎ、現在に至る。正確ではないかもしれないとのことだが、かなり貴重な情報だ。
その後に調べてみたところ、新潮社から1998年に出版された駄菓子大全にて、マルエム製菓の部分の裏取りができた。製造者の廃業と共に姿を消してしまう駄菓子も多い中、こうして引き継いでくれた岡田商店に感謝したい。
紙・インターネット問わず、ビンラムネはバヤリースの瓶を参考にしたという表記が見られる。見比べてみると、なるほど凹凸の配置が似てはいる。
しかしこれは偽の情報で、特定のモチーフはないとのことだ。そもそも瓶ジュースには、ビンラムネのように底がどっしりとした形はほとんど見られない。
私個人の想像では、モナカで実物のラムネを再現すると、くびれ部分の強度が足りないので極力ラムネっぽさ(中央のくびれ)を残しつつ、安定感のある瓶ジュースに寄せた結果、今の形状になったのではないかと思う。
もちろん各種瓶ジュースの形状を参考にはしたとのことだが、デザイン的な意味以上に、輸送時の破損減少や粉の吸いやすさが重視されてこうなっているのではないだろうか。
ちなみに、現在の容器は引き継ぎの際に金型を新しくすると共に初代を参考に改良された、完全なファンタジー瓶。いつか瓶のデザインに逆輸入されて、岡田商店のラムネ飲料が駄菓子屋に並んだら面白そうだ。
余談だが、ビンラムネは駄菓子界では珍しく、実用新案と意匠登録がされている。
ビスコでも触れているが、駄菓子のパッケージには怪しげなキャラクターがつきものである。お世辞にも──いや、お世辞ではギリギリかわいいと言えるか、それはともかく、純粋にかわいいキャラクターは、ゆるキャラ大国・日本とは思えないほど少ないのが現状だ。そういう協定でもあるんだろうか。
駄菓子界のかわいいは、せいぜい(失礼)が『キョロちゃん』や、もうお菓子のなくなってしまった『ぬ~ぼ~』ぐらいなもの。かわいいと思っても版権キャラだったりする。駄菓子界には『シナモロール』も『ポムポムプリン』もいないのか──いや、いる。
パッケージを先に載せているのだから気付くも何もないが、ビンラムネのキャラクター『ラムちゃん』だ。古くは『ピーターラビット』に代表されるように、『ミッフィー(うさこちゃん)』や『マイメロディ』など、ウサギのキャラクターは9割かわいい。そしてご多分に漏れずラムちゃんもえらくかわいい。
ウサギ元来のモチーフ的かわいさに加え、過度に強調された大きな目とタレ耳は、まさに日本が誇るデフォルメ技術の粋を集めたかのようなデザインだ。
そしてこういったデフォルメのきいたイラストには珍しい流し目──すました表情と相まって、もはや駄菓子界で右に出る者はいないかわいさだと断言できる。開催してもいない駄菓子ミスコン殿堂入りである。
さぞかし高名なデザイナーの作品なのかと思いきや、包装会社の方が描いたもので、特に名前などは明かしていないとのことだった。しかも現代的なキャラクターデザインにも関わらず、岡田製菓が引き継いだ際に新しくしたパッケージでの登場のため、20年も前から存在していたことになる。
見ての通りデザインに古臭さはないどころか、2010年代後半誕生といわれても違和感がない。ラムちゃんを生み出した方はかなり先見の明があったか、現在も一線級で活躍していることは想像に難くない。
もしご本人か、何かご存知の方がこの記事を読んだ際には、facebookなどからこっそり教えてもらいたいものだ。
参考までに同年代のサンリオキャラクターへのリンクを貼っておくので、興味のある方は見比べてみると楽しいかもしれない。頭や目が大きい傾向は1992年の『ウィアーダイナソアーズ』や『パタパタペッピー』で既に見られるのは流石といえよう
もう一人、ビンラムネを語る上で忘れてはいけないのがロゴに寄り添う妖精さんだ。彼女についても岡田さんに尋ねてみたが、一切素性は分からなかった。
ラムちゃんとの関係性も分からず、通りかかっただけの可能性すらある。引き継ぐ前のパッケージからほぼ手直しせずに引っ越してきたとのことなので、たぶんビンラムネの精霊とかなのだろう。何度も復活できているのは案外この子の加護なのかもしれない。※要出典
ビンラムネを飲用するにあたって必ず論争が起こるのが、そのスタイルだ。はたしてストローは上から刺すのか、底に刺すのか──。そう、にんじんに続いてまたである。
このような注意書きで気遣いまでしてくれているにも関わらず、ストローの刺す位置、というかストローを使っての飲用が正しいかどうかすら明言されていない。
深読みすると「ストローを使うとむせるから、ジュースみたいに飲んで」と言っているようにも思える。消費者の自由意志に任せるこのスタンス、駄菓子業界にはここにもそういう協定があるように思えて仕方がない。
半ば答えが分かりつつも岡田さんに回答を求めると、やはり自由に飲んでほしいとのことだった。
ちなみに公式サイトのコラムには底にストローを刺して吸うのが一般的とあるが、これは底の部分が後付けの蓋となっており、少し薄くなっているためらしい。だが私はビンを模していることから、これを謀反スタイルと呼んでいる。
ラムちゃんもこの飲み方だが、かわいいから許す。
やはり初めて飲用する際は、このようにビンの上部にストローを刺してほしい。謀反スタイルよりも飲んでいる感が強いのでオススメだ。
コラムの中には"上手く吸えない方にはストローを使わずに、モナカを食べて穴を開ける方法を推奨します"とあり、ちょっと気になっていた。話を聞いてみると、これは岡田さんの飲み方らしい。
駄菓子といえば『ちびちび』が定番だと思っていたので目から鱗だ。敬意を表して【キングスタイル】と呼び習わすことにした。それにしても上手く吸えない方へと言いつつ自分のスタイルを勧める岡田さんも、相当のビンラムネフリークである。
それはそうと私は逆さにしたまま食い破ったことがあるが、これはオススメできない。同様にモナカ内に水や炭酸を入れるのもやめたほうがいい。大人なら分かるだろう。
にんじんでの経験から、粉を皿に出すことはしなかった──というのは建前で、実際に皿に出した粉をストローで吸っている様を想像すれば分かるように、なんだか危ない感じがする。前にやったことはあるが、吸いにくいし散らかるので自重した。
今回は分かりやすいようにキングスタイルでの紹介となるが(撮影の際に3本飲んだ)、モナカの中にはこのように白い粉が入っている。チーリンやマルタからも粉ラムネは出ているが、ここまでのきめ細やかさはない。容器ともどもオンリーワンの存在といえよう。
粉はラムネ菓子の平均値と比べると甘みが強め。森永ラムネなどを想像しながら飲むと、ちょっとびっくりするかもしれない。何かを思い出しそうな気がする味なのだが、それが何なのかはいつも思い出せない。口当たりが良いため飲み物は不要。ラムネを飲み終わったら容器のモナカをいただこう。
信じられないことにモナカを捨ててしまう人がいるらしいが、底に残った粉とモナカの相性は抜群だ。捨ててしまうのは勿体なさすぎるので、絶対にモナカごと食べていただきたい。
いつか本物のビン飲料サイズのビッグビンラムネを飲んでみたいものである。
最後に岡田さんに商品などのアピールポイントを聞いたところ「発売当時のものをなるべく変えず、今に伝えていきたい」とのことだった。
ビンラムネはマルエム製菓から岡田商店に引き継がれたものの、その後もたびたび出荷・製造を休止している。だからといって都合の良いように形を変えたり、販売自体をやめてしまったりということは一切なく、今でも【あの時】のビンラムネがそのままそこにある。2018年9月に再び生産休止に入ってしまったが、時期は未定なものの再開準備を進めているようなので、また元気な姿を見せてくれることだろう。
しかし梅ジャムがなくなり、『トンガリ』の井桁千製菓が廃業してしまったりと、平成が終わった今、姿を消していく駄菓子があるのも現実である。
この記事を読んで「あの駄菓子を食べたいな」と思っている方がいたら、実際に駄菓子屋に足を運んで食べてもらいたい。なくなってからでは遅いのだから。
品名 | ビンラムネ |
製造 | 菓子 |
原材料名 | 株式会社 岡田商店 OM →小野塚製菓 |
価格 | ぶどう糖、コーン(小麦粉、澱粉、その他)、加工澱粉、酸味料、膨張剤、香料、 水酸化Ca、甘味料(ステビア)、着色料(食用黄色5号) |
栄養成分表示(100g当り) | エネルギー370kcal、たんぱく質1.5g、脂質0.6g、 炭水化物89.6g、ナトリウム15mg |
公式サイト |
※情報提供・一部画像提供:株式会社 岡田商店