質実剛健──都こんぶには四字熟語がよく似合う。煌びやかな駄菓子売り場にあって、真っ赤な箱に白抜きの文字。これ以上ないほどにシンプルを貫く駄菓子が90年間愛され続ける理由を探った。
俗にいう酢昆布とはコレのこと。それほどの代名詞的存在──というかルーツである。特徴的な真っ赤な箱に、白抜きで桜の花と"都"の一字、筆書きで『中野の都こんぶ』と、非常に特徴的なビジュアルをしている。
過去には類似製品が多数存在したものの、それらが宣伝すればするほど都こんぶの売り上げが増えていたようで、いかに民衆に根付いているのかがよく分かる。過去にはお馴染み『なとり』からも寿こんぶの名前でそっくりな酢こんぶが売られていた。ちなみに配色が似ている『養命酒』とは無関係。
名称は【昆布菓子】、製造者は【中野物産株式会社NK】。原型は1931年に完成、都こんぶの名前も同時期についた。当初は黒蜜入りの酢に漬けた昆布を、バター等と同じ硫酸紙に包んで販売していたので、今とはかなり味が違ったと思われる。
酢こんぶから連想したのか読み仮名は『つこんぶ』か、という問い合わせが時折あるようだが、普通に『みやここんぶ』が正しい。由来は発案・創業者の中野さんの出身地の京都から。
尋常小学校を出てすぐに大阪の昆布問屋に丁稚奉公に出ていた中野さんのことを思うに、郷愁の念が込められているのだろう。奉公先で口にしていた切れ端から着想を得たというバックグラウンドからも、青春の全てが詰まった魂の商品といえよう。
都こんぶが甘酸っぱいのも青春の──いや、これは当時『青春といえば甘酸っぱい』という形容の呼応関係は成立していなかったはずなので関係なさそうだ。
現在、日本だけならず、世界中で人工甘味料が使われている。むかし買っていたお菓子や飲み物を久しぶりに買って「これじゃない」となるのは十中八九このせいだ。
というのも、現在主流となっているアスパルテーム、アセスルファムカリウム、スクラロースの3種はどれも絶妙に美味しくないのである。砂糖と混ぜたり、ごく少量であれば差異を感じにくいものの、ゼロカロリーを謳う人工甘味料入りの飲食物は苦みがあったり後味が悪かったりと不自然な味がする。
中でも象徴的なのが幻の甘味料『チクロ(サイクラミン酸)』を使った飲食物。チクロはその昔『サッカリン』と並んで人気だった人工甘味料である。
甘さは現在主流のものと比べて控えめで、砂糖の30~50倍ほど。そのぶん価格は高いが、砂糖とあまり変わらないどころかチクロのほうが美味しかったとまで語られることも。
甘味料業界の陰謀で発癌性が取り沙汰されるも、現在は冤罪だと証明されている──が、そうは言っていられないのが食品業界。検証中はもちろん使用許可が下りるはずもなく、商品の回収や原材料のリニューアルを余儀なくされた。
都こんぶも被害を受けた商品の一つだった。昆布には砂糖がうまく染み込まないため、酢に負けずにしっかり浸透するチクロは最適な甘味料だったのだ。被害額は相当だったらしく、当時は倒産寸前にまで追い込まれたとのこと。
苦心の末にアミノ酸系統の甘みに行きつき、売り上げがチクロ使用時を上回ったのは良かったのか悪かったのか──何にせよ、当時の味はもう食べられない。
窮地を救ったこの調味料を含む表面の白い粉末は『魔法の粉』と呼び習わされる秘中の秘。粉こそが本体とばかりに2倍まぶした『旨スッパの粉だく200%都こんぶ』も出ている。興味のある方は、在りし日のチクロに思いを馳せながら食べてみてはいかがだろうか。
余談だが、冤罪の晴れたチクロはいまだに日本では使用禁止のまま──過ちを認めると訴訟を起こされるからだろう。もっと安価な甘味料が幅を利かせているので復権はないだろうが、そろそろ許してあげてもいいのでは……? チクロファンの意見が気になる。
都こんぶは箱入り菓子でありながら、固くビニールで封をされている。これを開けた瞬間、強い酢の香りが鼻をくすぐった。正面の覗き穴(?)の影響だろう。酢には食欲を増進させる効果があるといわれているが、それを意識してのことか。
ビニール、箱、ときてまたビニール。まあこれがないと箱の中が大惨事になる。中のビニールには封がなく、薄く均等に切られた昆布が20枚ほど15gぶん入っている。
薄く切った昆布の表面に、多量の『魔法の粉』がまぶされている。手につきやすいので、食べる時は何か拭くものを用意するべき。
一枚の厚さは1mm以下。ぞんざいに食べるのも一興だが、長く楽しむためには一枚一枚ていねいに剥がすのがいいだろう。一枚で十分すぎるほどの味がついている。
最初に舌に感じるのは昆布の風味や甘みよりも、まろやかな酸味のほうだ。けっして刺すような鋭さはないが、食べているのが酢のお菓子だと認識できる。
遅れて、砂糖とは違った桃のような薄い甘み。昆布の風味は最後にやってくる。それら一つ一つが別々に、それでいて混然一体となっている。味にムラがないのは手作業で丁寧に刷り込まれているからか。
ちなみに都こんぶの原料は利尻昆布や日高昆布ではなく、本来歯ごたえの強い真昆布が使われている。繊維質が多くて煮るだけでは柔らかくならない真昆布をここまでヘロヘロにするには、かなりの労力を要することだろう。
食べた時に思い出したのは、京都ではなく新幹線の車窓から見る流れる景色だった。キオスクに置かれたことで爆発的に広がった商品なので、それはそれで、という感じだ。
都こんぶは2021年で誕生から90年を迎える。販売スタイルは伝統を守り続け、今も当初とほとんど変わらないデザインのまま──悪く言えば少し地味、しかし裏を返せば、いつまでも変わらない、安心できる場所ということでもある。
帰ってこられる場所があるのは良いものだ。駄菓子道に迷った際は、赤い箱を目印に、基本に立ち返ってみようではないか。きっと中野さんの故郷・京都のように、いつでも懐かしさを感じさせてくれるはずだ。
その一方で都こんぶは別フレーバーや他社製品とのコラボも行われている。2018年8月には『魔法の粉』も完全再現したステーショナリーを出すなど、新しいことへの取り組みも精力的だ。これからも駄菓子界の実家として君臨し続けてくれることだろう。
品名 | 中野の都こんぶ |
メーカー | 中野物産 株式会社 |
原材料名 |
昆布(北海道産)、醸造酢、かつおエキス、発酵調味料、 |
栄養成分表示 (15gあたり) |
エネルギー27kcal、たんぱく質3.3g、脂質0.1g、糖質2.3g、 食物繊維2g、ナトリウム223mg、カルシウム36mg |
内容量 | 15g |
公式サイト | http://www.nakanobussan.co.jp/products/miyako/n10.html |