きさまっ、駄菓子か、漬物か?!どちらでもない!さくら大根だッ!

時に大胆に、時に巧妙に擬態する駄菓子たち。名前も見た目も信用できない虚飾あふれる世界にあって、それはあまりに大根だった。セピアな記憶も真っ赤に染める『さくら大根』は駄菓子なのか、漬物なのか──。

今回の研究対象≪さくら大根≫

大根である。にんじんでも赤かぶ漬けでもなく、正真正銘の大根だ。その証拠に原材料名の頭に『だいこん』がきている。原材料の表示は重量順──つまり食感を似せた生地に大根を練りこんでいるとか、味付けに大根パウダーを使っているとかではない。

品名は【酢漬(薄切り)】、製造者は【(株)みやま食品工業KS】。販売は1957(昭和32)年~。通常サイズは2枚、やおきんから出ている大サイズの『でか!さくら大根』は4枚入り。公式サイトでは謎のピロー包装アピールが。漬物だからだろうか。

そして2019年、みやま食品工業から【遠藤食品】へ事業が譲渡された。設備の劣化や後継者問題に悩まされていたらしい。製法はそのまま、惜しいのが大根が国産から中国産へと変わってしまったことだが、そこは仕方がないだろう。遠藤食品は紅ショウガやガリなどの加工をしているので、この手の食品はお手の物のはず。末永く大事にしてほしいところだ。

輪切り2枚だから大きさの違いが目立って楽しい。右の2枚目はすごく小さい

内容量は2枚で35g以上になるように調節されている。駄菓子での表示は稀な原料原産地名の項目もあり【国産(だいこん)】となっている。産地は埼玉・新潟・群馬のいずれかで、京野菜の京ざくらは関係ない。

以前は季節商品で秋ごろからの販売だったが、現在は包装資材と調味液の改良で通年手に入る。駄菓子屋さんで聞いたところ、夏には入ってこないとのことだったので、問屋が扱うかどうかによるようだ。

通常版。安直に、さくらちゃんと呼んでおくことにする(苺を想起させる見た目だが)

魚介や果物は珍しくないが、根菜それ自体を駄菓子として扱っているのは、おそらくこの商品だけ。

農夫or女の子が描かれている通常版と、原始人風のキャラクターが描かれている別バージョンの『ぱりぱり! さくら大根』がある。どちらもキャラクターにいわれやストーリーは特になかった。

ぱりぱり! の原始人風キャラクター。大根の発祥と時期を考えると古代エジプト周辺の人かもしれない

みやま食品工業にお話を伺ってみたところ、かつて『ぱりぱり!』はスーパー・コンビニ用として出回っていたが、今は区別がなく、さらに現在販売されているものは中身まで一緒とのことだ。

比較してみたところ確かに原材料名が完全に一致していた。食べ比べてみようと思っていたので残念だ。ちなみに公式の商品一覧では今も統一前の原材料表示を見ることができる。

梅しばで有名な村岡食品工業からも同名の商品が出ているが、なぜか公式サイトではその存在が秘匿されている。こちらには人間ではなく、オコジョ大根とでもいおうか、尻尾のある大根キャラクターが描かれているので見分けるのは簡単だ。

さくらと呼ぶには赤すぎる?

古今東西赤い食べ物はたくさんある

駄菓子が矛盾を内包しているのは定番──むしろチャームポイントですらある。今回の注目先はその赤さ。どう見ても桜とかけ離れた赤色をしている。これには誕生の理由が関係していた。さくら大根はそもそもうっかりから誕生した駄菓子なのだ。

その昔、大根の沢庵漬けを作る工程で切れ端が、すもも漬け(現在はスモモちゃんとして遠藤食品に移籍)の調味樽に落ちてしまった。それを見つけた女工さんが食べてみたところ「これはいける」とのことで『さくら大根』が生まれたのである。

真っ赤な色はこの名残。赤は暖色であり食欲増進にも効果が見込めるため、調味液ともども、すももと同じ着色料が使用されることになったそうだ──だからといって、どうして『さくら』なのかは分からない。

私の予想では、すもも大根では味が違いすぎる、すももの花と似た梅大根と名付けようにも梅味を想像してしまうため、梅といえば桜という連想で『さくら大根』にしたのではないかと思う。あえて桜の方向性で考えれば、寒緋桜の色という見かたもできるが。

ちなみに川崎フロンターレのグッズ『さっくす大根』はみやま食品工業公認の品。さくら大根とは補色の関係にある、真っ青な大根となっている。発売当初は完売したようだが、今は果たして……?

twitterでは2018年の購入ツイートがあるため、まだ売っているのかもしれない。味は全く同じようだが、本当に挑戦的な色だ……。こんなところにまでフロンティア精神を発揮するのは流石といったところか。

その他にもバリエーションとして『カレー大根』『パイン大根』が道の駅などで試験販売されている。千葉に訪れた際には探してみよう。

駄菓子 or つけもの? 商品流通の境界線

たいてい境界には山や川がある

年代がかぶっているにも関わらず、この駄菓子に見覚えがないという方がいるはずだ。それもそのはず『さくら大根』は飛騨山脈以西ではレアモノなのである。

そのため西日本育ちの人が東日本で『さくら大根』を見ると「どうして漬物が駄菓子屋に?」という疑問を抱いてしまう──しかし東日本育ちでも漬物だと思っている人が大半なので安心してほしい。

この境界線の位置は東西の味覚の差異が影響しているようで、これは日清など大手メーカーの販売戦略からも読み取れる。実は少なくないブランドで東日本では『濃い口』、西日本では『薄口』と、明確に味が使い分けられているのだ。

過去にはカルビーのポテトチップスの大定番『のりしお』さえも分けられていた(現在は統一。より細分化されたプロジェクトが開始された)。しかしながらもう一つの西の定番『関西だししょうゆ』は健在──やはり関西では出汁系の人気があるようだ。

不思議なのは、出汁の関係ない駄菓子にまで地域の偏りがあるということだ。なんと西日本では『さくら大根』『すもも漬け』『あんずボー』などの漬物系がほとんど出回っていない。ついでに『甘食』や『すあま』の認知度も低い。

逆に東日本では『満月ポン』や『シマダのラムネ菓子』など、西日本では身近な駄菓子が売っていない。すもも漬けに相当する(?)定番飲料『ひやしあめ』も、もちろん見かけない。

ひやしあめの他は特に珍しい味ではないため、味覚の問題ではないはず。出汁も関係はなさそう──一体なぜなのか。思い当たったのが距離だった。東日本と西日本は物理的に遠いのである。何を当然のことをと思うかもしれない。しかし単価の低い駄菓子は輸送費の影響を受けやすいのだ。

駄菓子1つの利益は5円以下がほとんど──問屋が製造所に直接買い付けに行ける距離であれば今の価格でやっていけるが、そこに地方への輸送費が少しでもかかると利幅が減るどころか赤字になってしまう。

大手の明治『カール』でさえやっとのことでブランドを存続したのだ。もっと単価の低い駄菓子を全国販売しようとした場合の苦労は計り知れない。それこそ『うまい棒』ぐらい売れる見込みがなければ、遠方の問屋では扱えないのだろう。

多くの駄菓子で直販があるため店舗が直接買うこともできるが、よほどの量でなければまず赤字──おそらく駄菓子にローカル商品が多いのは、このためだろう。

ちなみに東日本でなぜ漬物が駄菓子として扱われているのか、西日本ではなぜ作られていないのかは普通に謎のままである。後述する長野の文化と関係がありそうだが、根が深くて手に負えなさそうなので、誰かが解明してくれるのを待つことにした。

シンプルなさくら大根はシンプルに実食。駄菓子ジャッジ!

駄菓子にあるまじきシズル感。ここで発揮されてもちょっと困る

封を切ってまず感じるのは、ほのかに香る酢の匂い。すもも漬け特有のフルーティーさとはまた違う、完全に漬物のそれだ。

さらに皿に並べると、いよいよ『さくら大根』が駄菓子なのか疑問になってくる。赤い沢庵漬けではないだろうか──そう思いながら一口。口いっぱいに酢の味が広がった。

すもも漬けとは違って甘みはほとんどなく、甘酢というよりは完全な酢漬けのようだ。非常に噛み応えがあり、一口ごとに大根から美味しい調味液が染み出してくる。おでんと沢庵が合わさったような不思議な感覚。

梅を使っていないため、よくお弁当に入っているピンクの大根(こちらは桜漬け)とは味が違い、米よりは煎餅や熱い緑茶と食べたい味。思い出の中では完全に漬物でも、大人になってから食べると、なるほどこれは駄菓子である。

今まではお茶請けに漬物という長野文化にいまいちピンとこなかったが、これなら仲良くなれそうな気がする。

なお、すもも漬けの調味液からは2~3度改良が加えられているそうだ。あの味まんまを想像すると、甘みがなくて驚くかもしれない。

みやま食品工業に寄せられた情報によると、サラダのトッピングや、マヨネーズに絡めてビールのおつまみにしている人もいるんだとか。たしかにタルタルソースに入っていても違和感のない味だ。そういわれると干物やお茶漬けなんかとも相性が良さそうな気がしてくる。ちょい足し駄菓子としての可能性を探っていきたい。

念のため食べ比べてみたが、やはり通常版とぱりぱり! は同一のもののようだ。どのパッケージでも「冷やして食べるとおいしいよ!」と言っているので冷やしてみたところ、すもも漬けと同じく身が引き締まった感じがして美味しかった。

駄菓子の懐の広さに惚れなおす

すももはともかく大根はすんなり市場に受け入れられたのか気になったので訊いてみたところ、発売当時は駄菓子といえどまだまだ物の不足している時代だったため、問屋にも子供にも特に疑問を抱かれることはなかったようだ。

たしかに漬物か駄菓子かなど、物のあふれる現代だからこその疑問なのかもしれない。良い意味でチープな駄菓子、その懐の広さと、豊かな生活に感謝をしながらいただこうではないか。

他の駄菓子と比べて情報量が多い
商品名 さくら大根
品名 酢漬(薄切り)
製造 株式会社 みやま食品工業→遠藤食品株式会社
原材料名 だいこん、漬け原材料[醸造酢、食塩]、酸味料、調味料(アミノ酸等)
メタリン酸Na、甘味料(アセスルファムK、アスパルテーム・L・フェニルアラニン化合物)、保存料(ソルビン酸K)
ビタミンB₁、赤色102号
栄養成分表示(100gあたり) エネルギー14kcal、たんぱく質0.6g、脂質0.4g
炭水化物1.9g、食塩相当量1.4g
内容量 2枚(45g)
公式サイト https://www.endo-foods.co.jp/mamechisiki/sakura_daikon_hiwa.htm

 情報提供:みやま食品工業カルビー